日大アメフト部の問題に隠れる日本式の評価主義について思う。

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はて、最近世間を騒がせている日大アメフト部の指導者指示による相手選手への負傷をさせた件がだいぶ話題になっています。

私は大学時代体育会に所属していました。といっても元はアメリカ・カナダでスポーツ&語学留学経験もあり(短期ですがw)当たり前のように日本の部活文化に馴染めず結局大学時代はドイツ&ビジネスに走ったのでした。私の経験を元にして少しかければなと思います。

日本の会社の悪いところギュッと詰め込んだような体育会

本当にスポーツをする上で全く関係無いことで「評価」されることが多々あった。

  • OBの飲み会に参加する。
  • 練習時間以外の練習を強要する(うちは初心者と経験者が入り混じった部活のため仕方ないと思うけども)
  • 監督、OBからの電話は何があっても絶対取らないといけない上に、独自の電話のとり方を強要する

とにかく、本業(競技)以外にOBに対する雑務も多く正直いかがなものかといつも思っていました。

実際OBからサポートもいくつかあるのですが、正直いらいないくらい大学側から予算がふられており大学への収支決算報告書や活動報告を主に行うのがメインなのに対してOBへ報告を即時強要していくような環境であったのは間違いないです。

今回はOBのことを話しましたが、実際、監督/コーチも大学体育会の場合、ほとんど出身者であると思います。プロの監督/コーチなどは大学の体育会には一部しかいません。

こういう監督/コーチ/OBのお気に入りから外れると、全体的に攻撃的なことをされたり、干されたりします。

年功序列は薄れてきたものの、年功序列で生きてきた人の感性で選手を使う

実際のところ現役選手たちの年功序列感覚は徐々に薄れてきていました。世代的にも「ゆとり世代」と言われる人たちはあまり年上年下を気にしない世代も多いのでしょう。

ただ、現役選手たちは大丈夫にしろ、OBなどは年功序列感覚が強く新入生に自分のものを片付けさせたりしていました。

それは一度指摘したときは、「コミュニケーションのひとつ」という反論をされましたが、「コミュニケーションのとり方がパシリでは意味ない、自分のコミュニケーション能力不足を露呈しているだけ」と指摘すると干されました。それが実質、私が大学体育会というものに呆れた瞬間でした。

日本人の指導などの思考/コミュニケーション能力不足の欠如が要因か。

根本的に、やはり日本の部活文化的、指導のやり方というのはまったくもって効率が悪いもの。

日大アメフト部の記事がいくつもあがっていますが、そのうち一部書かれていたことを引用したいと思います。

「いくら指示されたとは言え、ここまでするのは、選手が相当追い込まれていたとしか思えません。威圧や脅しで選手をコントロールしようとするのは、自分にコミュニケーション能力がないと言っているようなもので、自傷行為です」

この言葉、選手社員に変えても同じ意味になります。親の教育もそうかも知れません。今もあるのかな?戸●ヨッ●スクールも同じです。

実際、ちゃんとしろ!、ああしろ!、こうしろ!、と強く罵倒するような言い方で、選手、社員をコントロールするような低レベルな管理能力「良」とすることがとても悪い環境であります。

スポーツは、理論に従って上で指導、サポートするのが大学生にとってのOBや監督/コーチであるべき姿であり

会社の管理職としては、結果やプロセスによって、サポート・指導、責任を取るのが管理職のあるべき姿ではないでしょうか。

体育会、部活文化の残る日本の会社は低迷していく

体育会出身者は、こういうことから根性があり、結構しっかりしているという点で、新卒採用の場では結構プラスになることが多いと思います。

ただし、私の独自考えではありますが現状G7の中でも日本は最も労働生産性が低く、生産性にスイッチしたのもここ数年。まだこの結果が出るのには時間がかかるでしょうし。

そういう思考を持つ人達が上に立つ立場ある限りまだまだ、生産性にスイッチできないのではないでしょうか。

日本は単一民族国家なので絶対評価主義というのはまず無理なのですが。。。

せてめ世界に置いていかれないように、生産性だけでもあげていければとおもいますけどね!

とにかく、日本は常に独自性を追求してしまったがゆえに、世界標準と真逆にいくことでガラパゴス化し、競争力が低迷してきました。また様々なものをサービスとしビジネスとして活かしきれていない現状の日本でオリンピックを迎え、考えられるようになればいいなとおもいます。

どんなこともビジネスを学ぶならアメリカに行くのがベストです。

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